その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小向太郎さんの『 プラットフォームに正義を託せるか 「コンテンツ・モデレーション」の最前線 』です。

【はじめに】

 私たちの暮らしに、スマートフォンは欠かせません。財布を忘れても、スマホさえあれば電子マネーで電車やバスに乗り、買い物を済ませ、道順を調べることもできます。友人や家族と連絡をとり、世界中の出来事を知り、欲しい物を買う。こうした日常の行動のほとんどが、スマホひとつで完結するようになりました。

 特にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、私たちの日々の暮らしのなかに当たり前のように溶け込んでいます。Facebook、Instagram、X(旧Twitter)、LINE、TikTokなどを通じ、友人が何をしているのか、世の中でどんなことが起きているのかを知ることも多いでしょう。

 以前ならテレビや新聞で目にすることが多かったニュースも、ネットニュースやSNSで情報収集する人が増えています。多様なコメントも寄せられるので、事実を知らせるだけのニュースより楽しく読めたり、理解が深まったりすることもあるでしょう。私たちは知らないうちにSNSを通して多くの情報に触れ、その影響を受けながら暮らしているのです。しかし、ネット上に流れるさまざまな情報を、本当に信じてよいのでしょうか。

プラットフォームが政治を動かす

 実は、私たちは無数の情報のなかから自分が見たい情報だけを選び取っているのではなく、プラットフォームが私たちの関心や行動を分析して選び出した情報を見ているのです。プラットフォームは、サイトから離れないように、あの手この手で私たちの気を引こうとします。言い換えれば、私たちは気づかないうちに「関心を操作されている」といえるのです。

 この仕組みは、個人の趣味や買い物だけでなく、社会全体の議論のあり方や、政治的な意思決定にまで影響を与える可能性があります。最近では、SNS上で話題を集めた情報が、選挙結果にまで影響を与える事例が増えています。2024年の東京都知事選挙や衆議院選挙では、SNSで注目された候補者や政党が予想以上の支持を集め、選挙情勢を大きく動かしました。同年の兵庫県知事選挙では、議会から不信任を受けた前知事がSNSを通じて再び支持を集め、再選を果たしたことも記憶に新しいところでしょう。

 さらに、2025年の参議院選挙では、各党がネット上の選挙運動に力を入れるなか、戦略的にSNSを活用した国民民主党や参政党が躍進しました。このように、政治活動においてはどの政党も、いまやネットでの活動を軽視することはできなくなっています。

 有権者がさまざまな情報に基づいてどの候補者に投票するかを判断できることは、もちろん望ましいことです。しかしその一方で、ネットで拡散されている情報のなかには、誰が何のために発信しているのかがよくわからない情報や、裏付けのない情報が多いのも事実です。新聞やテレビなどの従来型のメディアは、こうした状況について、「信頼できない情報が選挙の公正さを脅かしているのではないか」と懸念を示しています。こうした状況を受け、SNSや動画サービスを提供する企業も一定の責任を負うべきではないか、という議論が進んでいます。

 インターネットが自由に使えるようになったのは、1990年代の半ばです。その当時からインターネットへのアクセスを提供したり、情報を公開する場所を提供したりしているインターネット・サービス・プロバイダ(ISP:Internet Service Provider)が、情報内容に責任を持つべきではないかという議論がありました。

 しかし、インターネット上の情報に対し、事業者にこうした検閲のようなことをさせると、自由で可能性に満ちたインターネットの世界が、つまらないものになってしまうかもしれない。当時はこのような見方のもと、事業者に常時監視を強く求めることは望ましくないと考えられていました。

 一方、近年注目されているのが「コンテンツ・モデレーション」という仕組みです。これは、「プラットフォームが自社のサービス上のコンテンツに不適切な情報がないかどうかを自主的にチェックし、必要に応じて削除や制限を行うこと」を指します。どんな投稿を削除すべきか、どこまでプラットフォームが責任を持つべきか、そもそもプラットフォームがコンテンツ・モデレーションを行うべきなのか、などの問題については、国や地域によって考え方が大きく異なっています。

EU・アメリカ・日本──プラットフォームへの見方は大きく異なる

 この分野で特に規制を強めているのが欧州連合(EU)です。EUは、2022年に「デジタルサービス法(DSA:Digital Services Act)」を制定し、大規模なプラットフォームに対して、社会を脅かす情報を減らすための取り組みを義務付けました。どのような情報が危険をもたらすかを評価し、それを軽減することを求めており、対象となったプラットフォームは、コンテンツ・モデレーションを行わなければなりません。

 こうした新たな動きの背景には、EUが重視してきた「基本的人権」の保障という理念があります。法律に違反するような情報の流通を止めることも大切ですが、EUが特に懸念しているのは、移民排斥や極右思想の拡大がヨーロッパ社会に分断をもたらすことです。実際にルーマニアでは、SNSを通じた外国勢力の情報操作が疑われ、大統領予備選の結果が無効になり、プラットフォームに対する調査が進められる、という事態も起こりました。こうした分断がEUそのものを揺るがすのではないかという強い危機感が、ネット上の厳格な規制を後押ししているのです。

 一方、インターネットの生まれ故郷ともいえるアメリカでは、インターネット上の情報や表現の自由をめぐる考え方が大きく異なります。アメリカは憲法で保障される「表現の自由」を非常に大切にしてきた国です。このため、ネット上に違法情報らしきものがあったとしても、ネット事業者にその責任を負わせるべきではないという考え方がとられてきました。

 この国では、プラットフォームが投稿を削除したり制限したりすることは「検閲」であり、民主主義に反するものだと、強く批判されることさえあります。近年では「プラットフォームによる投稿の削除を制限する法律」が一部の州で制定されるなど、EUとは真逆の方向に進んでいます。

 また、最近の動きとしては、トランプ政権がEUの規制を批判することが増え、「デジタルサービス法」もやり玉にあがっています。昨今のトランプ政権の政策は、表現の自由を重視しているようには見えませんが、プラットフォーム規制に対する基本的な考え方は、EUとアメリカで伝統的にかなりの違いがあることには注意が必要でしょう。「民主主義」「表現の自由」「基本的人権」は、あらゆる国で非常に大切にされている価値観ですが、その意味や優先順位は、国によって大きく異なるのです。

 では、日本は、どうでしょうか。日本でも、他人の権利を侵害する投稿に対し、プラットフォームがとるべき対応を示した「情報流通プラットフォーム対処法」が整備され、2025年4月に施行されました。

 「日本版DSA」と呼ばれることもあるこの法律は、EUのように厳格な規制を設けるのではなく、あくまでプラットフォームの自主的な取り組みを後押しするものです。SNSを使った選挙活動をもっと厳しく規制すべきだという声もあれば、逆に過剰な規制は言論の自由を損なうという懸念の声も聞かれます。放置すれば誹謗中傷やデマが拡大し、規制を強めれば自由な発言まで制限されるというのが現実です。何を守り、何を許すのか。そのバランスを見定め、実行していくのは、決して容易ではありません。

これからの社会に必要な制度とは

 膨大な個人情報や行動履歴が集まるプラットフォームは、私たちの意思決定にも多大な影響を与えます。あるプラットフォームに問題がありそうだと思っても、必要なサービスが一部のプラットフォームに集約されていると、他の事業者を選ぶという選択肢がありません。こうした状況に対し、プラットフォームが独占的な事業者になったり、ある種の権力を持ったりしているのではないか、という懸念の声も聞かれます。

 例えば、プラットフォームによっては、理由もわからないまま、突然アカウントが停止されて使えなくなることがあります。メッセンジャー機能に頼っていた人が、急にその連絡手段を失ってしまえば、困ってしまうでしょう。このため、SNS企業のような「強力な組織」に対して、必要なルールを設けることが重要になります。

 情報は現代社会の生命線です。プラットフォームを通じて届けられる情報は、今後ますます重要になってくるでしょう。誰がどのようなルールを定めるかによって、社会のあり方も大きく変わるかもしれません。一方、「現代の言論統制」ともいえる「コンテンツ・モデレーション」を、誰がどのようにコントロールするのかについては、どの国もまだ試行錯誤の状態です。

 プラットフォームの問題はプラットフォーム上のコンテンツをいかに適正化するか、ということにとどまりません。実際に特定のプラットフォームを使わざるを得ない状況を考えれば、その影響力はさらに大きくなるでしょう。こうした状況に対し、プラットフォームが提供するサービスや、収集している膨大な情報について、どのようなルールを定めるべきかという問題にも注目が集まっています。

 プラットフォームに社会がどのように責任を求めていくかという問題は、インターネットを利用するすべての人に重大な影響を及ぼします。日本でこうした新しい問題への対応を検討する際には、ヨーロッパやアメリカの議論や制度がよく参照されます。しかし、この問題に対する考え方が、国や地域によって全く異なるということは、あまり知られていないのではないでしょうか。

 本書では、各国の制度の特徴とその背景を比較して、これからの日本にはどのような制度が必要なのかを、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示